このページの先頭

メインコンテンツ

マイブログ

<マイブログ>Vol.258 西南役(5)
<マイブログ>Vol.258 西南役(5).jpg

 上の写真は「和田越えの決戦」の石碑。「明治十年 西南戦争 和田越決戦之地」と刻まれている。
 「和田越えの決戦」は、1877年(明治10年)8月15日に行われた。結局、政府軍の勝利となったこの戦いで両軍合わせて約3百人が亡くなったと言われる。
 その戦没者のためにこの「和田越えの決戦」の石碑が建てられて、毎年8月15日に慰霊祭が行われている。
 この石碑は延岡西南役会によって建立されたものであり、西南戦争ゆかりの地の整備のために現在も活動が続けられている。
 ところで、薩摩軍の大将である西郷隆盛はこの和田越えの地で初めて陣頭指揮を取った。それまではノンビリうさぎ狩りしていたり、いつも戦場から離れたところにいて顔を見せないものだから、「薩摩西郷は仏か神か 姿見せずに戦さする」という皮肉混じりの歌まであったようだ。
 しかし、それだけ信頼して部下に任せたということであり、それに答えられる有能な部下がいたということだ。いざというときは自分が出ていく覚悟だったと思う。
 この「和田越えの決戦」がまさにそのときだったようだ。その決意のほどは、自ら前線に立ち政府軍が身近かに迫っても一歩も引かなかったという西郷の姿の中にうかがえる。
 結局、西郷はまわりの者に担がれて退去し、北川の俵野というところで最後の軍議を開いて、薩摩軍の解散を宣言した。

  • 御意見等ございましたらメールにてお願いします。
[ このページの先頭へ ]