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<マイブログ>Vol.263 敬天愛人(3)
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 上の写真も、1877年(明治10年)8月、西郷が敗走を始めた山道。前回の写真の少し先のところで、ここを西郷隆盛率いる約6百名が薩摩を目指して登って行った。
 さて、「敬天愛人」が「天に生かされている」という意味であることから思い出すのは、何年か前のファイナルコンサートでの加山雄三氏の言葉だ。おおむね次の通りだった。
 自家用船で沖に出て宵闇迫る頃、満天の星が緞帳のように水平線から上がってくる。その光景に感動し心を奪われていると人間は天に生かされているように感じてくる。
 人は天に生かされている。そうであるからには誰でも何か使命を持って生まれている。その使命に従って生きることが大事だ。自分の使命は音楽を通じてみなさんに幸せな気持ちになってもらうこと。 
 加山氏はそんなように語っていたが、加山氏のように天性の感性で自然の中から感動を感じ取りそれを音楽という形で表現していければこそ、天から生かされていると感じるのは自然な気がする。
 一方、我々凡人の場合は感じるものが芸術家の感性とは比べようもなく貧しいので、人は誰でも使命をもって生まれていると言われてもピンとこない。
 従って我々が目指すのは「好きなこと、やりたいことをやる。自分の心の声に正直に」ということになると思う。我々の為すことがささやかなものであるにしても、何らかの形で世の中に貢献してことには違いない。

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