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<マイブログ>Vol.274 間主観(5)
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 事例Rのカウンセリングが始まった。Rが中学生ということもあり、カウンセラーは自分の中学時代の話から始めた。その内容は「自分の将来のことを両親に話すと、息子が人生に希望を抱くまでに成長したと喜んで両手を合わせてくれた」。その話を聞いてRは思い当たった。「自分の家には祈りがない」と。
 ここで「祈りがない」とは人間の力を超えた偉大なるものに対する畏敬の念がないということであり、心の問題に関する思いや配慮が不足しているということである。それまで両親はRのために色々気を使って欲しがるものを何でも与えていたが、それは「もの重視の価値観」であり、Rの心は満たされていなかった。
 これまでの中で「祈り」という言葉が出てくるが、それは本カウンセラー(伊藤隆二氏)が中学生の時に内村鑑三の著書に出会い、無教会キリスト教の道を歩み始めたことによる。ちなみにその著は『余は如何にして基督信者となりし乎』。
 また、同氏は子供の頃から病弱であったため、小学生のときに自然に人間の力を超えた大いなるものに寄り添う「祈りの生活」に入ったと言う。
 我々も無宗教であっても神社に行って手を合わせたり、行き詰まったとき無意識にお祈りすることがあるが、それは人間の力の及ばない大いなるものにすがることである。そこには謙虚さがただようが「自惚れ」や「傲慢さ」は感じられない。
(※注;伊藤隆二著「間主観カウンセリング」及び「続 人間形成の臨床教育心理学研究」参照)

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