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<マイブログ>Vol.278 間主観(9)
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 事例R(14才、不登校、家庭内暴力)にとって、聖フランシスコ(アッシジのフランシスコ)の話も心に響くものだった。フランシスコ(1182年〜1226年)はイタリアの地方の裕福な家に生まれ何不自由ない生活を保証されていたが、その人生を捨て貧しい人びとのために生きる修道僧になった人である。
 当時のイタリアでは都市間の争いごとが絶えず、若いフランシスコも戦いに参加したが捕虜になっている。また、利害のために争い合う貴族層に対する疑問、一方で庶民は貧困に苦しんでいるという現実に対する疑問、それらがフランシスを悩ます。そういう苦悩の後にスピリチュアルの覚醒が起こり、貧しい修道僧という新たな人生が開けた。
 そういう聖フランシスコの話はRの心に響き「これだ」と思ったに違いない。それまでR自身、“もの”や金銭に価値観を置く世の中に疑問を感じ、その答えが見つからずに苦しんできたからである。
 さらにRの心に響いたのは、聖フランシスコの「医師の祈り」である。その内容は「正当化するより慰めを与える人間、服従するより理解する人間、名誉にしがみつくより愛する人間になれますように」というものである。
 これがRの心を捉えて彼自身の人生の指標となり、「慰め、理解し、愛する」福祉の仕事に就くため社会福祉を学ぶ大学に進むことになった。
 一方、両親もまた聖フランシスコの話に心を動かされ、またRにも感化され、それまでの「自己正当化して相手を服従させ、俗世の名誉にしがみつく」という生き方から「まわりに慰めを与え、理解し、愛する人間になれるように」という人生の転換をした。両親は北海道の僻地に移り住んで農業に従事し、土地の人々と心の交流を始めた。
 ちなみに、聖フランシスコの青春時代を描いた映画「ブラザーサン シスタームーン」を思い出した。家の商品を窓から貧しい人たちにばらまいたり、青年フランシスコの様子は気が触れたかのようであり、その苦難の様子がよく描かれている。

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